東アジアサッカー選手権2008が行われている中国重慶の地元紙で「体育教師のようだ」と書かれていたサッカー日本代表監督
私はこの話を聞いて、実に適切な表現だと思ってしまった。
外見も正直言いまして「パッとしない」訳でして・・
ジャージ姿を拝見すると、学生時代を思わず思い出してしまいます。
基本的にサッカーの監督と言えば、お洒落な紳士的な方が多い中、岡田監督だけは、ヌボーッとしたおっさんとしか思えません。
そんな岡田監督の監督になる前の略歴を調べてみました。
生年月日 1956年8月25日(51歳)大阪出身
身長 175cm
体重 70kg
幼少期は野球少年であり、中学時代 野球部の激しい上下関係を垣間見て「自分には向いてない」と判断する
その後メキシコオリンピックサッカー日本代表の活躍をみてサッカーに傾倒してく、天王寺高校入学し、サッカーで名を馳せるようになる。
高校3年生の時にはユース代表に抜擢され、クウェートで開かれたAFCユース選手権に出場を果たした。
1浪の末、早稲田大学政治経済学部に合格し一時サッカーと離れた生活を送るが、早慶戦の試合を観戦時に出くわしたサッカー協会の人物に「アジアユース選手権へ行かせたのは将来への投資だったのに」と嘆かれた。
翌日にはサッカー協会に呼び出されて長沼健や平木隆三など幹部からサッカーを続けていないことを直接詰問され、その場で早稲田大学ア式蹴球部に電話し入部する事になったと言う何とも面白いエピソードがある。
サッカーではポジションはDF
プレースタイルは頭脳的なディフェンス
就職先はマスコミ関係を希望したが、叶わず古川電工へ入社しサッカー部に所属し日本リーグで活躍し1986年のアジアクラブ選手権優勝にも貢献した。
その後 日本代表にも呼ばれ代表キャップ数21
キャリア晩年に(34歳)古川電工とバイエルンミュンヘンと親善試合に出場し、海外と日本の差が大きさに驚かされ引退を決意する。
指導者になる前の略歴は以上である。



