当時の日本はサッカーと言えばキャプテン翼くらいしか思いつかないくらい日本代表の注目度が今より数段低かったのです。
ところがJリーグが発足して世界のスーパースターが続々とJリーグに参加し、アニメ以外での素晴らしい技術を目の当たりにした日本人は、
少しずつサッカーって言う世界で一番人気があるスポーツに目を向けるようになってきました。
私も、もちろんその一人で「ジーコ凄い!」「ストイコビッチって上手すぎる・・」とかね
素人の私でも分かる素晴らしい数々のプレーに魅せられサッカーに魅了されてしまいました。
そして何より驚いたのは、1994年ワールドカップアメリカ大会に出場し優勝したブラジルのキャプテンのドゥンガがジュビロ磐田に移籍してきた事だった。
アジア最終予選のドーハで敗れた日本とワールドカップ優勝国キャプテンのドゥンガ余りにも格が違う組み合わせですね。
今だとイタリア代表のトッティがJリーグに参加するようなもんです。
ワールドカップではアジア勢は相手国に勝利を与えるだけしか出来ないレベルなのに、それすら突破出来ない日本に超一流の選手がやってきたのである。
ドゥンガは華麗なプレーをする選手ではなかったが、日本人でもやれば出来る!と思わせるには十分なプレーをしてくれた。
その効果もあってか1998年のサッカーフランスワールドカップでは見事に日本代表はワールドカップに出場する事が出来たのである。
ドーハで悔し泣きをし、ジョホールバルで嬉し泣きをした間の4年で私の日本代表への熱い熱い思いは固まりました。
今でこそ、ワールドカップ予選は突破して当たり前の風潮がある日本ですが、十数年前はワールドカップは夢だったのです。
本当に日本代表は成長しました。
日本代表サポーターも同時に成長しました。
若いサポーターの皆さん
是非、一度ドーハの悲劇やジョホールバルの歓喜の事を調べて見て下さい。
日本代表に対する愛情が一気に増しますよ。
そして、一緒にずっとサッカー日本代表を応援していきましょう。
【ドーハの悲劇】
1993年10月28日ワールドカップ'94アジア地区最終予選。悲願のW杯初出場へ向け、あと一勝で決定という最終第5戦、イラクと対戦した日本代表は、開始5分カズのゴール、そして同点に追いつかれた後、69分にラモスのスルーパスで抜け出た中山が勝ち越しゴール、残り20分で悲願達成というところまできた。そして時計は90分を過ぎロスタイムに入った後のイラクのコーナーキック、ショートコーナーからセンタリングそしてヘディング・シュートが痛根の同点ゴール。日本中が熱狂し、涙したあの「ドーハの悲劇」を完全収録!
これを見ると何度でも泣けます・・・(涙





